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そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

戦争の記録について思うこと。

 
はだしのゲン:松江市教委、自由閲覧禁止 「描写過激」、全校に要請
http://mainichi.jp/feature/news/20130817ddm041100094000c.html
 
ネットで見る限り、「子どもにこそ、読んでもらいたい作品だ」という意見と、
「良書、悪書の区別を誰かの基準でつけるべきではない」という意見が多いようです。
 
自分も先日までは、無条件で後者でした。
それは読んだ人が決めればいいことだ、と。
でも、今は少し考えています。
 
■さて。
 
先日、宮古島で、御年82歳の女性に話しかけました。
コインランドリーの待ち時間にご一緒したので、何か聞けるかも、と思って。
 
テレビでは終戦記念日直前ということで、戦争記録の映像が次々と流れていたんですが、彼女はチラリとも目を向けず、島で暮らしてきて苦労したこと、楽しかったこと、若い頃はモテたこと、誇りとしていることなどを明るく楽しそうに話してくれました。
 
私が知る限り、宮古島は第二次大戦で、その中心部である平良市の大半を空襲で失っています。
 
彼女は、子どもの頃の話をしてくれました。
彼女が育った伊良部島には水道がなく、井戸から塩の混じった水を汲み、長い階段を毎日何往復もして運ぶのが日課だった、と苦笑いしながら語ってくれました。
 
その後は、戦後にオープンしたクラブの話となりました。
彼女の人生において、大きな出来事だったのだと思います。
 
幼くして水を運び続けた戦前と、人生を賭けて起業した戦後。
長い時間、話してくれましたが、その間のことについては、語ってくれませんでした。
 
もしかすると、彼女の中では、まだ記録や思い出にすらなっておらず、ジクジクと痛む生傷のまま、そこにあるのかも、と思いました。
 
60年経っても一言も語れないこと。
『戦争体験の話』として、とても貴重な話が聞けたと思います。
 
■隠すか、公にするか。
 
とても難しいことです。
 
当時の出来事を記録しておく、というのは良いと思います。
今ですら「なんでこの記録が残ってないんだ!」と肩を落とすことがよくあります。きっと10年後、20年後にはもっと増えるでしょう。
記録の形は、演劇や歌、民話や映像作品など、どんな形であってもいいと思います。
記録そのものはどんどん推奨してほしいです。
 
でも、その記録を見て、傷つく人がいる場合、公開した方が良いのか、どうか。
そのことについては、きちんと考えなければならないと思います。
 
無条件に隠す、無条件に公開する、の2択しかないのなら、今の私にはどちらも選べません。
ただ、考え続けたいと思います。
 
■昔、誰かが言ってましたね。
 
『平和が実現された時、『戦争』と『平和』の二つの言葉は全ての辞書から消え、歴史研究家しか知らない地味な学術用語になるだろう』
 
そんな時が早くくればいい、と心から思います。