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そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

文学中年は電車で本を読む。

通勤に電車を使ってます。

暖かくなってきたし、と職場近くでバイクの駐輪場を探してみたけれど、どこも「暖かくなってきましたからねえ」と満車の様子。

それならそれで仕方ない。

 

行きと帰りに、30、40分程度電車に揺られます。

稀に立ちっぱなしのこともあるけど、だいたいは座りっぱなし。

 

なので、本を読みます。

最近は、みをつくし料理帖のシリーズが完結したことを知ったので、未購入の巻を揃える前に、もう一度おさらいしておこうと、読み返してました。

夏天の虹―みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 (時代小説文庫))

夏天の虹―みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 (時代小説文庫))

 

 

電車の中で本を読む時は、まず邪魔にならないようにすること。

座る時も足は閉じて、両の膝頭をくっつけて。

背は丸めず、しゃんとする。

 

夢中になって読みふければ、背は丸くなりますけど、それはそれ。

お酒だって飲んで酔えば、へべれけになりますけど、飲み始める時からへべれけではよろしくないです。それなりのマナーというものがあります。

本も一緒です。

 

文字の中で、下がり眉の料理人こと、澪さんに雨の日もあり、風の日もあり、それでも「間仕切りから喜ぶ客をのぞき見る」ために料理に励みます。

「女職人なんて」「ましてや料理人なんざ」と言われる時代の物語。

澪さんは料理を始める前に、包丁に祈りを込めます。

それは自身のためであり、食べてくれる人のためであり、そのまた先の食べてくれる人を支えてくれる人たちのための祈りです。

 

こちらも自然と本に向かってお辞儀をしてしまう。

 

様々な工夫をこらした料理の数々が飛び出し、店主がその美味さに嘆き、下足番の娘がぴょんと跳ね、ご寮さんが微笑む。それを食べた客たちも喜び、そのお礼にと、心づけを置いていく。

 

ふふ、と笑ってしまう。

 

と思えば、災難に襲われて、店員たちの努力も虚しく、あっという間にお店に閑古鳥が鳴く。しかし、落ち込んでても仕方ない。美味いメシが食えなくて落ち込んでるのは客も一緒なのだから、と機転を効かせて、新たな料理に取り組んでいく。

 

思わず、眉間に力が篭もる。

 

「新たな料理」と言っても、そんじょそこらの創作料理とはわけが違う。「まあまあ美味い」では舌の肥えた客は納得しない。悩みに悩んだ末に、ようやく活路を見出し、その活路に向かって精進を重ねてようやく完成する。その完成を喜ぶのは店員ばかりではなく、客も一緒だ。

「こんだけ美味けりゃ、明日っからも生きていこうって気にならあ」

 

ああ、よかったよかった、と胸を撫で下ろした辺りで、電車が目的地にたどり着く。

 

そんな感じで、34歳児は今日も文学中年やってます。