そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

挨拶の意味とキャッチボールの話。

「コミュニケーションの7割は見た目で決まる」という話があります。


似た話で「9割で決まる」「10割決まる」なんて話もありますが、基本的には同じ話で、欧米の研究などでも実証されてたりします。
数値の差は、単に『見た目』という言葉の定義の問題です。
(10割はトバシ過ぎだと思いますが)


■では、見た目が良ければ良いのでしょうか。

そうでもないです。

美女はナンパなどされるでしょうから分かりませんが、少なくともイケメンはイケメンというだけでは良い対人関係にはなりません。

むしろ悪い印象をもたれる危険すらあります。


■なぜ? 悪い印象をもたれるのか。

持論ですが、人間は他人に対して基本的に悪しき感情しか持ちません。
平たく言えば「こいつは味方か?」という疑いの目しか持っていません。

なぜなら、それが知性だからです。

殴られたことのある動物は、他者から殴られることを警戒します。
「こいつは殴らないぞ」と確認して初めて警戒を解きます。
逆に言えば「殴らない」と確認するまでは、ずっと警戒してます。

■じゃあ、どうすればいいのか。

「敵ではない」と発信することです。

具体的に言えば、挨拶をする。
「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」

アメリカなど多民族国家に行って、町をぶらつくと分かりますが、気さくに現地の方に「Hi」と挨拶をされます。
あれは、別にアジア人が好きだから、というわけではなく、単に「怪しいやつかどうか」を日常的に確認してるんです。

だから「ハイ」と返せば、笑顔を向けてくれます。


■「ただしイケメンに限る」なのでは?

繰り返しになりますが、大事なのは「敵ではない」と示すことです。

キャッチボールに例えて説明します。

容姿が整っている、派手である、学歴がある、金持ち、なんか目立つ、というのは『ボールが大きい』というだけの話です。

他人よりも持ってるボールが大きいんですから、そりゃ脅威です。
勢いよくぶつけられたら何が起きるか分かりません。

だから、優しく軽く「投げ渡す」というのが大事になります。これが挨拶です。
もし、それをしなければ「大きいボールを持っている。怖い。何かとんでもないことをするのでは。あるいは、ボールが大きいことを自慢しているのでは」と警戒されます。

またボールが小さくても、ぶつけられたら怖いですから、やっぱり「投げ渡す」が必要になります。


■ボールの受け渡しって、それだけで楽しいですよ。

幼児にボールを渡すと、投げてきます。
そのボールを受け取って、また渡すと、非常に喜びます。
この喜びって、原始的なものだと思ってます。


■ボールが返ってこなかったら?

無視されたら?
困った顔されたら?
反対に不審者だと思われたら?

ズバリ言うと、回数を重ねることです。
筋トレと同じく、やってると慣れてきて、余計な強張りが抜けます。

ただ、最初の内は、見知らぬ子どもや若い女性は避けて、店員さんや年配の方など距離感の線引きがされている人にした方が難易度は低めです。

若い女性はナンパ対策でしょうし、子どもは「知らない人は不審者」というルールで生活してるので仕方ないです。


■なによりも大切なこと。

「自分はコミュ症だし」
「家族関係がアレでちゃんと成長しなかったし」
「だから、生き苦しくても仕方ない。」

そんなことはないです。

そんなことは決してないです。

大事なことなのd(

ここでいう「ちゃんと成長」とは、『心理的発達課題が未達成』という風に表現したりします。
「赤ちゃんは泣く。泣くと親が顔を見に来る。そこで人としての基本的な信頼を覚える」ってやつです。

この発達課題は、その年代以降であっても達成可能であることが、多くの事例で証明されています。赤ちゃんじゃなくても、基本的信頼は覚えられます。
(昔は「○才までに覚えなかったら、もうダメだピョン」って説が有効だったそうですが、ロクなこと言わねえな、って感想です)

ただ、それには努力や頑張りなど、たいていの人間が「明日からやるよ」と言いたくなることがセットでついてきます。
断ってもついてきます、ポテトとは違うんです。
いや、ポテトも断ったらついてきませんが。
カリカリも好きですが、ヘナヘナも好きです)


なので、「今日は頑張れそうだなー」という時にやってみるのはどうでしょうか。