そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

人というシステム

詳細な説明はこちら。

精神療法3 (家族療法とシステムズ・アプローチ)


平たくいえば「人が病んだ行動をするとき、疑うべきは当人ではなく環境である」という考え方です。

例えば「入社後、半年以内の離職率」が7割を超える企業があったとすれば、たいてい「その会社がおかしいのでは?」と疑いますよね。

けれど、家族や職場で、たった一人だけが何か病んだ行動をとった場合、なぜか「あの人に原因があるのでは」と考えられてしまう。
そういうケースが多いように思います。

「上司AがBさんを叱責しているのを聞いていたCさんが貧血で倒れた」となると、「Cさんちょっと気弱すぎるのでは」と判断されやすい。
なので、助言が「気にするな」「心を強く持て」「貧血予防にほうれん草を」「イヤホンしたらどうだろう」などなどが並びます。

でも「メシ食いに入ったラーメン屋で、店長がバイトを怒鳴ってた」とかだと、メシまずくなりますよね。「気にしなきゃいいのに」と言われても、私は無理です。
気になるもんは気になるし、それを「気にしない性格になればいい」と言われても、なりたくありません。

この性格のままで生きていきたいのです、私も、そして誰しも。


巷のビジネス本には「周りを変えようと思うな、自分が変われ」なんて言葉が並んでいます。それはそれで、当人の心構えとしては立派だと思います。
けれど、一つの面だけ見て、個人の特性を「これはいる」「不要」と取捨選択してしまうのは、生き方として雑です。

では、ありのままに生きるにはどうすればいいのか。
自分自身がシステムの一部となって、システム全体を変えていくのです。

具体的には「怒鳴るのやめてもらえませんか?」とお願いするとかね。これなら性格を変えなくても、お願いの仕方(スキル)を覚えればいいだけです。


山にこもって滝に打たれて修行しなくたって『楽しい毎日』は作れるはずなんです。

たぶんね。

知らんけど。