そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

僕のかんがえたヒーロー。


『間接超人!! 塩ビパイパー!』


小学6年生のユウジ君ちは街一番の貧乏。
両親は早くに亡くなっていて、配管工のマリオおじいちゃんと二人暮らし。
おじいちゃんはお人好し過ぎて、仕事はホイホイ受けるのにお金をちっとも稼げないんだ。


街はクリスマス。
ユウジ君は学校の帰り道、親友のズルオに「僕んち、今日はパーティーするんだ。従兄弟のお兄ちゃんも来て、超合金スーパーアルファロメオの合体無敵マシンもらうんだー」と自慢される。
「いいなあ。ぼくんちも何かもらえないかな」と素直なユウジ君。
「きみんちは無理だろ。だっておじいちゃん、ホイコーローじゃん」
ホイコーローじゃないよ。配・管・工!」
「どっちでも一緒だよアハハ」
「そうだねアハハ」
二人は仲良く帰っていったものの、ユウジ君はちょっぴり寂しそうでした。




夜中、マリオおじいちゃんが帰ってくる前に、自宅でユウジ君が秘密の機械でケーブルテレビの有料チャンネルをどうにかして見ようとしていた頃。
マリオおじいちゃんは、その玄関前で悩んでいました。
「んー。プレゼントどしよかな。今日も無一文じゃったしワシ。いい加減、才能ないかもしれんワシ。でも才能とか言う前に努力しろ、ってビジュアリスト手塚眞先生も言ってたし、定年まであと3年じゃけど、頑張ってみよかワシ。それはそうとプレゼントどうしよう。あ、ここに仕事で使った塩ビパイプあるわ、これでどうにかしよ。頭ええわワシ」
おじいちゃんは、持っていた塩ビパイプを組み合わせて、どうにか人型にしました。
「うん、これであのー、なんじゃったかな。いや、ワシおぼえとるよ。おぼえとゆけど、とるけど。今ちょっとここんとこが、紹興酒の焼酎のオマメメロメロの、なんじゃったかな。合体モテキマシン! そうじゃそうじゃ。そういうやつじゃ。ほな、家帰ろう」
マリオおじいちゃんが玄関を開けるのと、ユウジ君がテレビ画面をティッシュで拭き終わったのは同じタイミングでした。
「掃除! あ、お爺ちゃんおかえり! 掃除しとるんよ!」
「おお、ただいま。ユウジはえらいなあ」
二人はお互いに笑顔を交わし合いました。


山盛りのチキンライスの中央に線香を立てたディナーを囲みながら、二人はささやかながらもクリスマスを祝いました。
「メリークリスマス! ほーら、ユウジ、モテキマシンじゃぞー」おじいちゃんは例の塩ビパイプを取り出しました。
「え! 無敵マシン!」と一瞬、喜んだユウジ君でしたが、塩ビパイプのガラクタを見て気を落としました。
「あれ? 似てない? 大体こんな感じじゃったと思ったんじゃけど」
「う、ううん。似てなくてもいいよ! おじいちゃんが作ってくれたなら、無敵のロボットだもん!」
気を落とすおじいちゃんに精一杯の気を使うユウジ君。優しい子です。
「おじいちゃん! このロボット、何で出来てるの?」
「おお! これはな。塩ビパイプと言うんじゃ。配管としてはとても身近な素材でな。雨どいから排水口、巨大なビルからちいさn」
「おじいちゃん、よくわかったよ。ありがとう! そうかー、塩ビパイプで出来たロボットか」
ユウジ君は少し考えてから、言いました。
「じゃあ、お前はエンビパイパーだな!」


その夜、寝静まった街に、ズリーサタンクが現れました。
でっぷりと太った体は真っ赤に染まり、長いヒゲは地面まで届きそうで、真っ赤な角をはやしています。
ズリーサタンクの目的はひとつです。
「金のかかったオモチャを全て盗んで転売してやるぅ!」
金持ちそうな家を手始めに、次から次へと窓や屋根から侵入し、子どもたちがもらったばかりのオモチャを盗んでいきます。
大人からも、もらったばかりの大人のオモチャを盗んでいきます。
「グヘヘへ! もらったオモチャは全てこの魔法の袋の中に吸い込んで、ん? なんか震えてるぞ。誰だ、電源入れっぱなしで入れたやつは」
一度、肩こりをほぐすオモチャを袋から取り出して、電源を切ってからまた袋の中に吸い込ませました。
「ぐへへへ! もらったオモチャは全てこの魔法の袋の中に吸い込んでやるぅ!」


あちこちで、目撃情報と盗難情報が錯綜し、警察も大パニックです。
しかも、警察の上層部では、この事件を大事件とするか、ただの盗難とするかで揉めています。
業を煮やした正義感に熱い警察官オアシマが無線に向かって叫びました。
「コカンは海綿体で起きているんじゃない! 電マで起きているんだ!」
彼は左遷されました。


ズリーサタンクの最後の狙いは、優先順位的にユウジ君ちでした。危ないユウジ君!
「やめろー、誰だお前は!」「誰じゃあ!」二人は立ち向かいますが、魔法の袋の力のせいで近づけません。
そして、ついにユウジ君とおじいちゃんのエンビパイパーがズリーサタンクの手に渡ってしまいました。
「ああん? なんだこれは。ゴミか」
いらない、と言わんばかりに部屋の隅にポイッと投げ捨ててしまいました。
「ああ」「おお」ユウジ君とおじいちゃんは己の無力さに膝をつき、嘆きました。
最初に立ち上がったのは、ユウジ君でした。
「バカにすんなよ! おじいちゃんのロボットは無敵なんだー!」
心の底から、お腹の底から、素直な気持ちでユウジ君は叫びました。
その声にズリーサタンクも一瞬だけ、たじろぎましたが、すぐに元の調子に戻りました。
「そんな円筒間接ロボの何が最強だ。せめて球間接にしてから言え」


ズリーサタンクは一瞬で元の調子に戻りました。
ユウジ君も一瞬でまた膝をつきました。おじいちゃんは最初から膝をついたままです。
しかし、部屋の中で一体だけ、いや、一人だけ、元に戻らなかったものがいます。
部屋の隅に投げ捨てられていたエンビパイパーが立ち上がっていたのです。
「ユウジ君の素直な気持ちを受け取って、今ここに立ち上がる! 俺ぞ、エンビパイパー!」とガッツポーズ。
「え?」ズリーサタンクは驚きました。
「え?」おじいちゃんも驚きました。
「え?」ユウジ君も驚きました。
「え?」場の空気にガッツポーズを取ったままエンビパイパーも驚きました。


ズリーサタンクとエンビパイパーの一騎打ちです。
「グヘヘ! そんな排水ロボぐらい。一瞬で殴り倒してペっきぺきにしてやるわ」
「バカめ! ぺっきぺきになるほど俺の硬度は高くない!」
「うそつけ! ハンマーで殴ったら簡単にぺっきぺきじゃねえか」
「違う! あれはハンマーが強すぎるんだ! ペっきぺきの前にぐにょんぐにょんになるのが俺だ!」
ユウジ君はエンビパイパーを応援しました。
「なんで殴り倒されるの前提なの!」


袋からハンマーを取り出したズリーサタンクは、エンビパイパーを殴ろうと襲いかかります。
これを華麗にサイドステップで避けるエンビパイパー。
ハンマーの重みでバランスを崩したズリーサタンクの顔面に、エンビパイパーのパンチが炸裂します!
ポコン「いて」
『え?』ズリーサタンク以外の3人は驚きました。
「どうやら、軽すぎて威力がねえようだなあ」
ズリーサタンクはこれ以上ないぐらいに口をにかぁっと邪悪に開きました。
エンビパイパーは口パーツに当たるジョイントをカパァッと恐怖で開きました。


「うわ!」「うわああ!」「うひい!」「ひい!」
家の外に逃げたエンビパイパーは必死で避けます。
ズリーサタンクは楽しそうにハンマーを振り回しながら、振り回されながら追いかけていきます。
ユウジ君も後を追いかけました。おじいちゃんは二階の自室に篭もりました。
さすがにパイプのロボットだけあって、スタミナは無尽蔵で、動きは全く鈍くなりません。
「ハヒヒ。ふへえ。しかし、これじゃキリがねえなあ」
ズリーサタンクも諦めの表情を浮かべます。
でも、その表情は嘘だったのです。
「とっておきを見せてやるぜえ!」


ズリーサタンクはハンマーを捨て、空を仰ぎ、なにやらブツブツ唱え始めました。
今の内に、とエンビパイパーとユウジ君はハンマーを拾おうとしましたが、重たくて持ち上がりません。
二人揃ってようやく、持ち手を立てただけでした。
詠唱の終わったズリーサタンクは、そんな二人を見て、ニヤニヤ笑いました。
「それに必死でしがみつけよぉ。ザ・バケツテン!」
ズリーサタンクが叫ぶと、空から大粒の水が地面へと降り注ぎました。
水は低いところへ溜まり、すぐに溢れでて、次に低い場所へ、その次に低い場所へと、どんどん水かさが増していきます。
すでにユウジ君の膝ほどまで水かさが上がり、まだまだ上がりそうです。
低いところへと流れていく水は、急流の川さながらです。
重たいハンマーにしがみついていなくては、エンビパイパーもユウジ君も流されてしまいます。
「さあて、解体ショーの始まりだぁ」
ズリーサタンクは水をじゃぶじゃぶとかきわけて、二人に近づいてきます。


「グヘヘ! おい、ガキィ。お前も災難だったなあ。こんな弱っちぃやつをかばったおかげでよぉ。俺に殺されるんだぜ」
ユウジ君はガタガタと奥歯を鳴らし震えました。水が冷たいせいか、怖かったせいかは分かりません。
エンビパイパーはそんなユウジ君をチラッと見て、ズリーサタンクに言いました。
「おい! やるなら俺だけにしろ! 俺ぞ、エンビパイパー!」とハンマーにしがみつきながら小さくガッツポーズ。
その声にユウジ君の震えが止まりました。
「バッカだなあ。両方ともぶちのめすに決まってんじゃん」
もうズリーサタンクは目の前です。
「でもまあ、せっかくのリクエストだから、お前からな」
でっぷりとしたズリーサタンクは、鉄球みたいな拳を振り下ろしました。


ダギィ!
鈍い音を立てて、吹っ飛んだのはユウジ君でした。
「何故! 何故、俺をかばったんだ、ユウジ君!」
ユウジ君は、吹っ飛びながら親指を立てて笑ったように見えました。が、すぐに水の流れに飲み込まれ、流されていきました。
「へぇ、根性あんなあ、あのガキ」
ズリーサタンクは感心しました。
「でもまあ、それとこれとは別問題な」
鉄球のような拳でエンビパイパーを殴りつけました。
グニィ。「アガ!」
「へえ、ホントだ。最初に曲がりやがる。じゃあ、もう一発!」
ペキィ!「ギャア!」
「おー、折れた折れた。左腕が簡単に折れたなあ」
エンビパイパーは残った右腕で、ハンマーにしがみつきますが、すでにフラフラです。
見える街並みは水びたしとなり、屋根の上や二階の窓から不安そうな人々の姿が見えます。
「おいおい、ちったぁヒーローらしくしろよ、お前よ!」
何度も何度も、エンビパイパーの『右腕以外』を執拗に狙います。
「オラ、ロボット様なんだろ!」
「ちったあ反撃してみろよ!」
言いながら、何度も何度も殴ります。
足がもげ、腰が壊れ、もう腕一本と足一本と頭しか残っていません。
「お前、どこまで生きてられるんだろうなあ。グヘヘ」
そんな言葉を聞きながらエンビパイパーは思い出していました。自分の本来の役目を。
でも、あと少し、もう少しで届きそうな記憶に届きません。


「そういや、あのジジイ見ねえな。まあ、お前みたいなボロいロボット作るぐらいだ。そこらでおっちんじまってるだろうよ」
エンピパイパーは思い出しました。
「そうだ。俺は作られたロボットだ。ただの塩ビパイプだ。ロボットだなんて何を思い上がっていたんだ。俺は塩ビパイプ」
自分の本来の役目を思い出したエンビパイパーの残っていた足は、体とくっついて一体化してしまいました。
「俺は塩ビパイプ! 雨どいや排水口の塩ビパイプだ!」
エンビパイパーが叫ぶと同時に目や口が消え、ハンマーを掴んでいた右腕も一体化して一本のパイプになってしまいました。
一本のパイプは水の流れに任せて、どこかへ流れていくように見えました。
「なんだぁ、諦めて死んだのか?」ズリーサタンクはそのパイプをつかもうとしました。
でも、つかめませんでした。
塩ビパイプは水の流れよりもっと早く動き、近くの家にあった雨どいとジョイントしました。
その雨どいは家から外れて、また早い動きで隣の家の雨どいと、そのまた隣の雨どいと、街中の塩ビパイプとくっつき始めました。
「な! なんだこりゃぁ!」あまりの事態にズリーサタンクも驚くばかりです。


そして、一本の塩ビパイプは巨大なポンプになりました。
巨大なポンプのどこかから声が聞こえてきます。
「ズリーサタンクよ、お前が犯した罪は、お前の水によって流してやろう」
ポンプは、街中を覆っていた水をすごい力で吸い込み始めました。
「そんなバカな! 天のバケツをひっくり返したんだぞ! 人間の力などで返せるわけが!」
「ズリーサタンクよ。人が生きて何万年になると思う? その間、自然に対して無力でいつづけたか?」
どんどん吸い込んでいきます。
「だが、最後には自然が勝ってきた!」
「ああ、そうだ。だが、人間は一度足りとも『無力で構わない』と思ったことなどないぞ」
もう水かさはつま先が浸かるほどになりました。
「なに!」
「溝を掘り、雨どいを作り、池を作り、川を曲げ、海をも干上がらせてきた! その力の結晶が俺だ!」
あちこちに水たまりが残るだけになりました。
「し、自然は絶対だ!」
「自然に立ち向かいし科学の結晶! 俺ぞ、塩ビパイプ!」
巨大なポンプから一本の巨大なパイプが伸びて、照準をズリーサタンクへ向け、爆発のような水流が吹き出ました。
「ぐああああああ」
ズリーサタンクは流されて、流された先で大きな口をあけて待っていたパイプへと吸い込まれていきました。


家々に閉じ込められていた人たちが、水が無くなった事に気づいて、外に出てきました。
そして、街の中心にそびえる巨大なポンプを不思議に思いましたが、なんとなく「それのおかげだ」と気づき、皆で感謝しました。
「ありがとう!」「ありがとう!」「名前は知らないけどありがとう!」
排水口の蓋に運良くひっかかっていたユウジ君も目を覚ましました。青あざの出来た顔で巨大なポンプを見て、それがエンビパイパーだったと気づきました。
「ありがとう、エンビパイパー」
その声を合図にしたのか、巨大なポンプを構成していたパイプがひとつずつ離れて、また元の場所へと飛んでいきます。
「あ! そういえば、これだったのか!」街の人たちもそれがなんであったか気づき始めました。
「言われてみれば、すごいものよね。何十年も腐らないし、文句も言わず、ずっと雨をしのぎ続けてくれたのね」
元に戻った塩ビパイプはカタカタと嬉しそうに一度だけ震え、そのまま、ただの塩ビパイプに戻りました。


巨大なポンプだったものも残りわずかとなり、最後の一本はユウジ君の元へと飛んできました。
塩ビパイプがユウジ君の目の前で浮かんでいます。
「エンビパイパー」
ユウジ君のかけた声と同時に、カランと軽い音と立てて、パイプはただの塩ビパイプとして転がりました。
「エンビパイパー。ねえ、エンビパイパー」
ユウジ君は目に涙を溜めて、パイプを抱きしめました。
「うわ、うわあああああああああああん」
街中で喜びの笑い声が絶えない中、一人だけが泣き声をあげました。


一週間かけて街中の大掃除が行われました。
流れてきた泥をかきわけ、消毒剤を撒き、更にきれいな水を流してブラシでこするんです。
ユウジ君も手伝いました。
おじいちゃんは泥を流す為の排水口が足りないという事で、大忙しであちこち走りまわってます。
「ワシ、この仕事向いてるかもしれん。天性じゃな。お金がっぽりじゃし天才じゃなワシ。」


そして元旦。
「おじいちゃんは年末、忙しそうだったからお年玉いっぱいもらえるだろうなあ。そしたら今度こそ超合金スーパーアルファロメオの合体無敵マシン買おうっと」
大晦日は明け方まで起きていたせいで、昼過ぎに目が覚めたユウジ君は居間のおじいちゃんに挨拶をしに行きました。
「おじいちゃん、あけましておめでとうございます。ことs」
「掃除! 掃除よ! あ、おめでとう! 掃除してたの! 今!」
おじいちゃんは珍しくテレビをティッシュで拭いていました。
見てみぬフリして「へー、おじいちゃんは元旦からすごいね」と言いながらユウジは座りました。おじいちゃんも拭き終わったティッシュをゴミ箱に捨てて、ユウジの向かいに座りました。
「ユウジ、おめでとう。これお年玉! ワシ今度こそがんばったよ!」
「わー、おじいちゃんありがとー」
と渡されたのは、またしても塩ビパイプで作られたロボットでした。
「これ! モテキマシン! 今度こそ似とるよ! 似とるでしょ!」
「わ、わー、ありがとう、ってさすがにフォローしきれんわ! ええかげんにせいジジイ!」
ユウジ君は、塩ビパイプのロボットを部屋の隅に投げ捨てました。
「なにー。ユウジがキレたー、キレる若者。キレるワカメ。ワケワカメ」
「るっさいわ! 金だせ! お年玉言うたら金やろが!」
「わー、やめてー、おじいちゃん金ないよー。毎日働いて、毎日疲れたからマッサージイテタラ金ナクナタヨー」
「なんでカタコトやねん! 言葉だけやなくて病気もうつしてもらえ!」


(あー、どうしよ。出るタイミング完全になくしたわー)
蘇った塩ビパイパーは部屋の隅で、固くなるのであった。


ちゃんちゃん。