そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

SS「エコを大切に。」


 初の女性総理大臣が当選してすぐ、通称『エコドライブ法』は可決された。
 今、俺は自分より細身の真理子に背負ってもらいながら、日が沈みかけた中を帰宅中だ。真理子が軽く肩で息をしながら、背中越しに俺の方を見てきた。顔の出来は人並みより、少し上。
「そういえば、昼前に食ったきりだったな。腹減ったか」
 ボールギャグのはまった口では喋れないので、真理子は弱弱しい笑顔でうなづいた。
「じゃあ308まで」
 背負ってもらったまま、駅前につくとガラス張りの一昔前にはカフェと言われた店がある。これが308と呼ばれる公営の補給場。真理子から降りて、俺は窓際の席を陣取った。真理子はそわそわと俺の顔を見ている。
「ああ、好きなの取ってきていいぞ」
 真理子は嬉しそうにカウンターに走っていった。まだ、あんな元気があったのか。ショーケース越しにクロワッサンやパンが並んでいるのをどれにしようか迷っているようだ。


『エコドライブ法(交通法308条)』は、どこぞの天才学者が、女性の燃費の良さに目をつけ、それがどの乗り物よりもエコロジーである、と証明した所から話が始まったらしい。
 詳しい事は政治家でも科学者でもないので知らない。その理論は完璧だったらしく、誰もまともな反論が出来なかったので法案として可決されたらしい。
 最初こそ『良識派』の方々がテレビやマスコミを通じて、批判していたが、その姿も最近じゃ見なくなった。今じゃ、女の仕事と言えば乗り物だ。真理子もマヤマ電器で特売にかけられてるのを俺が買った。
 なんせ、女は捨てる時だけめんどくさい書類を役所に通さなきゃいけないだけで、後は定期検診を受けるだけで、税金もかからない優良資産でもある。


 クロワッサンとベーグルとお茶(ジャスミンティー?)が載った盆がテーブルに置かれているのを、真理子は嬉しそうに見ている。
「ああ、ちょっと待ってな」ポケットからカギを取り出して、ボールギャグにつけられた鍵を開けて外してやる。
「いただきます」とよっぽど腹が減ってたのか、クロワッサンにかぶりつく。しかし、それでも小さなクロワッサンの半分ほどしか口に入っていない。なんという燃費の良さ。
 もちろん、女である事に替わりはないので、この割とかわいい真理子を夜も好きにしていいのが、若い男に人気の秘訣だ。


 食べ終わった真理子に乗って家に帰った。
 夜はもちろんお楽しみの時間だ。同僚の中にはボールギャグをはめたままが良い派と、外して声をあげさせた方がいい派がいるが、俺は別にどっちでもいい。どうせ、やる事は変わらない。ただ、終わった後は急激に眠くなるので、とりあえず鍵は外しておいてやる。
 妊娠すれば替わりの女をディーラーに用意してもらって、出産後はまた俺の女になる。替わりの女は少ない選択肢からしか選べないそうなので、嫌がるやつが圧倒的多数だ。しかし、かかる費用は無料なので、俺は別になんでもいい。
 しつこいようだが、やる事に変わりはない。というわけで、今夜も中に出した。出した直後にほら、もう睡魔が押し寄せてきた。


 翌朝、起きると真理子も専用のベッドから起きてコーヒーを二人分入れていた。受け取って一口飲む。朝はきつめのブラック、それが俺の好みだ。
 本当に良い買い物をした。
 ボールギャグをはめていない真理子が、郵便受けから封書をひとつ取ってきた。
「珍しいな。こんな時間に郵便なんて速達か」
 表書きの下の方に『医療』なんとかと漢字が並んでいるが、読むのがめんどくさい。手で封筒の口あたりを破いて中を取り出して見た。真理子も興味深そうに見ている。
「認知申請書?」俺の声に真理子が嬉しそうな声をあげる。
「あ、私ですね! 私が妊娠した子供の父親がご主人様である、という事を認知していただく為の書類です」やけに嬉しそうに言う。
 他にも何枚か堅苦しい文面の書類が入っていたが、どうやら本当に真理子は妊娠してしまったらしい。
「しょうがねえな」真理子のこんな嬉しそうな顔を見たのは、初めてだし、ちょっといい気になってサインした。俺も父親か。
 ニコニコしている真理子を見てると、またむくむくと欲情が燃え上がってきた。妊娠してても大丈夫だよな。多分、大丈夫に違いない。
「おい、真理子、ちょっとこっちこい」
 と、その瞬間、眠気が襲ってきた。おかしいブラックのコーヒーでいつも眠気が吹っ飛ぶはずなのに。
「おやすみなさいご主人様」真理子が笑顔で言う。もしかして。


「役場から来ましたー。認知していただいた方がいらっしゃるのはこちらでよろしかったですかー?」間延びした声で、さえない青年が玄関口から言う。その隣には大きな麻袋を持った屈強な男が立っていた。
「はーい。こっちで寝てまーす」真理子は笑顔で玄関口に行った。
「あ、ごくろうさまですー。どうぞお上がりになってください」青年と男を家にあげて『ご主人様』の元へ連れていく。
「お、すでに服は脱がしてあるんですね。ご協力感謝いたします」青年はポケットから紙を一枚取り出して『ご主人様』の顔を確認する。
「確かに生産力Dの男性ですね。間違いないようです」
 青年は男に向かって手をはたはたと振って、指でOKを作った。それを合図に男は麻袋の口を開け『ご主人様』を中に入れて、軽々とそれをかついだ。
「じゃあ、それではこれで。良いお子さんを」
「あ、はい。ありがとうございます」笑顔で答える真理子に軽く会釈をして青年と男は玄関口に向かった。
 青年は玄関から出て行く際、申し訳なさそうに言った。
「あ、ひとつ忘れていました。一応、規則ですので、ご唱和お願いします」
「あ、はい。いいですよ」


 青年に向かって、満面の笑みで真理子は言った。
「エコを大切に」