そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

それでも三上博史のほうがよかった下町

 

第1話

第1話

  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: Prime Video
 

 アマプラで下町ロケットを、メシ時に見ている。

という話を仕事先でした所「え、あなたが!?下町ロケットを!?」と妙に驚かれた。そんなに見なさそうな雰囲気を出してるんだろうか。見始めた理由は、今やってる半沢直樹が意外と面白かったからです。

 

映画でも漫画でも大体そうだと思うけど、仕事モノは自分が知っている分野でトンチンカンなことを大真面目に展開されると、ゲンナリする。

その点、今やってる半沢直樹は【フィクションです!】という方向に思いっきりフルスイングしていて、現実味がまるでない。だからシンプルに楽しめる。

 

そう思って、下町ロケットだ。

主役を演じてるのが、三上博史版と、阿部寛版がある。

古いのは、三上博史版だったので、原点から見ていくつもりで見始めた。

 

三上博史版は、ドラマとしてとっつきが悪い。

なにせ、主人公は町工場の技術屋の社長であり、そんな町工場を、大企業や銀行がよってたかって特許侵害だ融資却下だといじめるのである。見ていて気分が良くない。

全5話の内、半分ぐらいは、ひたすら三上博史がいじめられるターンである。

視聴するモチベーションとしては、2話目終了時が最低だった。

でも、全5話ということを知って、とりあえず最後まで見てみよう、という気になった。

見終わった結果としては、とても面白かった。

真面目にコツコツ頑張ってきた主人公の努力が実を結ぶ、というハッピーエンドで視聴後の気分もとても良かった。

「いや、大企業とはいえ、取引先にこんな対応するやつおらんやろ」という感じのキャラクターもいて、見ながら「おらんおらん」と笑ってみてたけど、今ふと思い出した。

いたわ。

あんな感じのめっちゃ見下してくる嫌な奴。嫌すぎて記憶から抹消してた。

 

 

 そして、次は阿部寛版である。

見る前から嫌な予感しかしない。阿部寛といえば、コメディだ。

「大きな図体と濃いめの顔で、懐の小さい男」というキャラクターがぴったり似合う、コメディの名優である。どや顔してるだけで笑いを誘う。

そして、この嫌な予感は的中した。

会社では、やたら大福を食ってるし、会社の命運がかかった大事な局面で毎回ボウリングに行く。「ストライクならうまくいく」と願をかけて投球するのである。オチが見えている。

三上博史版のあのシリアスさはどこにいったんだ。町工場の悲哀はどこへ。

改めて、出演者を確認してみた。

 

阿部寛
立川談春
安田顕
 

 

やっぱりコメディじゃないか!

 

 

ちなみに今の半沢直樹と演出スタッフ陣がほぼ一緒でした。

なるほどー、この方向性に振り切ったのが半沢直樹かー、と妙な納得をしたここ数日の出来事でした。

政子様と戦いたくなかったこと

 

【PS4】Ghost of Tsushima (ゴースト オブ ツシマ)

【PS4】Ghost of Tsushima (ゴースト オブ ツシマ)

  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: Video Game
 

ゴーストオブツシマをプレイし、クリアした。

 

日本史における蒙古襲来で、全滅させられた対馬軍の生き残りの侍が島を占拠した蒙古軍を倒すために、名誉を重んじる正面対決だけでなく、勝つためには闇討ちも辞さないダークヒーローになる、という物語です。

 

この物語の途中で「安達政子」という女性が仲間として登場する。

武家の生まれで、武家に嫁ぎ、武家で子を生んで育てたおばあちゃんです。

これがまあ、強いのなんの。

全体的に暗い世界観の中でも、トップクラスで戦う動機が重たいせいか、狂気を感じる凶暴さで、すぐ「斬る!」「殺してから考えればよい!」と言い出します。

 

発売してすぐに「政子バーサーカー」というワードが、トレンド入りするほど。

 

この政子おばあちゃんですが、物語の途中で、主人公と戦う場面があります。

この場面が個人的には要らなかった。すごく要らなかった。

 

主人公(=プレイヤー)は対馬を実質一人で救う最強の戦士です。

戦いとなれば、勝たねばなりません。

でも、プレイヤーの自分としては、倒したくないんですよ。

 

防御をしながら、あちこち逃げ回って「これ、倒さなきゃいけないの?ほんとに?なんで?」と5分ぐらいウロウロしてました。

これが演出であることを期待して。

時間が経てば、なにかが起きて戦いが終わるんじゃなかろうか、と期待して。

 

でも、何も起きそうになく、仕方なく戦って倒しました。

すごく嫌な気持ちになりました。

 

敵味方に分かれる事情はわかるんだけども。

仲間と戦うのは嫌だなあ、としみじみ思ったプレイの感想です。

串揚げを食べた話

■死んだ目をして仕事するおじさん

ちょっと毎日に飽きていた。

今やってる仕事は、運用フォローや改善なのだけど、技術的負債やノウハウ負債が多くて、平たく言えば「マイナスをゼロにする仕事」が多くて、あまりカタルシスが感じられなかった。

休日も、昨今の自粛ムードで、あまり外出は出来ず、大きなスーパーに行ったりショッピングモールに行ったりということも避けていて、げんなりモード。

それなら映画館でも、と思うも、近場の映画館では絶賛ジブリシリーズ放映中。実はそんなにジブリ好きちゃうねん。

つまり、毎日に飽きていた。

 

■そこで串揚げである。

奥さんが「なんかこういう食べ物系の変わったやつ好きやん?」とオススメしてくれた。良い奥さんである。

とはいえ、自分の中の『串揚げ』のイメージは、学生時代に行った「串家物語」で止まっており、そんなに美味しくないんだよなあ(自分で揚げるので自分の調理スキルが味に反映される)、としょんもりしていた。

強く否定することも出来ず、とりあえず行くことになった。

 

■串揚げ、楽しくておいしい。

繁華街のメインストリートから一本外れた通りにあるちょっと上品なお店で、店内も清掃が行き届いていてきれいだった。

「おまかせ」で、全33品を順番に持ってきてもらった。(奥さんは途中でストップ)

野菜や魚介が意外ある組み合わせや、変わった揚げ方をしていて、珍しい上においしかった。

「一本食べるごとに目に生気が戻ってきている」とは奥さんのコメント。

そんなに死んでいたか、目。

 

■次回は、牡蠣小屋か。

「次は何をしたいか」と尋ねられたので、牡蠣小屋と答えた。

網焼きで、牡蠣を並べて焼いて食うのである。ワイルド。

はまぐりやサザエも焼けるそうで、楽しそうだ。

 

自分は変わったものを食べることが好きなんだなあ、と改めて感じた最近の出来事です。

SNS運用のノルマに『フォロワー数』は必要か

ちょっと気になったので、書く。

内容については、どっちが良い悪いってのは、外野からはわかんないので、さておく。

 

自分が気になったのは「フォロワー数のノルマ」という点。

 

・フォロワー数って、野次馬とファンと信者の合計数だから当てにならんよ。

・信者の数は、イイネやRT数やリプなどのリアクションの数で分かるよ。

・ノルマを設定するなら「週あたりの投稿数」だけにして、その上で、品質評価を「リアクションの数」で図るのが妥当だと思うよ。

・投稿を続けて、品質をあげていった結果としてフォロワー数が増えていくのが理想であって、フォロワー数だけをノルマにすると「フォロワーを金で買う」が最適解になるよ。

・フォロワー数は10万だけど、ツイートにイイネが毎回50しかつかない。そして関係スタッフも50人だ。不思議な偶然ってあるんだね、みたいな運用状況になりたいですか。

 

言いたいことは以上です。

 

あとは蛇足。

 

インフルエンサーがテレビに出演する際「TwitterInstagramFacebookのフォロワー合計1千万人!」みたいなキャッチがつく。

んなもん、同じ人が3媒体をフォローしてんだから実質3分の1やろ、と思うけど、アレがまかり通る程度には『フォロワー』という数字は世間への説得力を持っているのだと思う。

彼らに宣伝を依頼する時の広告料だって、フォロワー数を加味して計算される。

 

だから、SNSを運用する際に「フォロワー数を増やすことを目的としましょう」とするのは正しい、、、だろうか。

自分は正しくないと思う。

 

SNSでアカウントを作って日々、ちょこちょこと投稿して増やしたいのは、ファンだけではない。どちらかといえば信者を増やしたい。

 

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イメージとしてはこんな感じ。

中央を投稿する本人として。

ファンはすぐ増えるけど、すぐ離れる。

信者はなかなか増えないけど、なかなか離れない。

(ホントは、ファンは、『野次馬』と『ファン』に分けられるけど、分けると『野次馬』はめっちゃ怒るので、ひとまとまりで『ファン』と呼称する)

 

SNS運用で増やしたいのは信者です。

信者は本人が「怪しいツボ買って」といえば買ってくれるし、「信じて」といえば信じてくれます。ドキンちゃんを前にしたバイキンマン並の理性です。

ファンは「そんなこと言う人とは思いませんでした。ファンやめます」と去っていきます。

 

信者は『本人』に好意を持っているので、本人に認知されたいし、本人からの反応を欲しがります。(「認知されたくない」というタイプもいるけど、そのタイプはデータ上ではファンと区別つかないのでスルーすることが多いです)

だから、RTやイイネをしてくれたり、リプライをくれます。何かしらのリアクションをくれます。

 

そのリアクションこそが「愛されているアカウント」の証明ではなかろうか。

食える野草図鑑の前向きさ

「食える野草図鑑」みたいな本を子どもの頃に読んだんですよ。

『サバイバルでも生き残れるやつ』みたいなのに憧れてて、だったらそのへんの草を食うのは基本だろう、と思いまして。

結論からいうと、無理でした。

『食える』と『おいしい』の間には、大きな超えられない壁があって、自分がいかに贅沢なおいしさに囲まれてぬくぬくと育ってきたのかを思い知らされただけでした。

大自然コワイ。

 

ちなみに、図鑑の野草は、大半が「食べ方:天ぷらにすれば美味」とだけ書いてありました。

生はダメなんだ、加熱しただけでもダメ、天ぷらにしてようやく美味。そして、きっとここで言う『美味』は、一般的評価の美味とは違うんだろうな、と察するわけです。学者然としたヒゲモジャのおじさんはうまいうまいと食うんだけど、周りの人は閉口してる、みたいな光景が容易に想像できる。いや、著者がヒゲモジャのおじさんなのかは知らないですけども。

 

うまいの反対はマズいですけど、そこを「食える」と拾い上げるのは前向きだと思います。しかも拾うために天ぷらという手間を加えてる。

 

好きでないものを嫌わないための努力って、自分は好きなんですよね。

 

もちろん、努力なので、めんどくせえや、で投げちゃってもいいんですけどね。

テラスハウスを見て削られる時

メシ時にNetflixテラスハウスを見てます。

 

もともと他人の恋愛は「うまいこといくといいねー、しらんけど」ぐらいの温度感で見るようにしてます。特にテラスハウスなんて基本、若い人たちが参加してワイワイしてるので、親近感わかない。

ただ、テラスハウスは仕事してたり、生活してたりする面も見れるので、キャラクターとストーリーとして楽しんでいます。

 

ただ、見ていて削られる瞬間というのがある。

それは喧嘩してたり、デートに失敗したり、っていうのも多少はあるんだけど、圧倒的にキツイのは6人で暮らしてるのに孤独を味わっているであろう瞬間のシーン。ほかのメンバーとうまくいかない、5対1の構図になってるみたいな時。

 

そういう時は、その人というより、孤独に共感してしまってかなり削られる。

他人が恥をかくシーンを見て恥ずかしくなる、みたいな感じで、孤独を感じるシーンを見て孤独を感じる。

 

本人的には精一杯やってるんだけど、周りが壁で覆われてどこへも行けなくなってしまう感覚。しかも、それが自業自得だったりすると、その孤独を客観視して「それは君、しゃあないで」とバッサリ斬る自分もいたりして。一人で孤独を感じて、一人で斬って斬られて、なんなのラストサムライなの。

 

あと、全然関係ないけど、「外出時はマスク必須」って言われて、思いだしたのがコレです。

 

風の谷のナウシカ [DVD]

風の谷のナウシカ [DVD]

  • 発売日: 2014/07/16
  • メディア: DVD
 

 

ひめさまー!!!

マスクを!マスクをしてくだされー!!

自宅でつかってる机

自分は、リモート作業環境を良い感じにしたいので、こういうのを買ってます。 

 

机の高さを変えられるので、立ってよし、座ってよし、です。

 

ただし、めちゃくちゃ重たいので、配置場所には注意です。

自分は、部屋の奥の机いっこぶんのスペースの中で組み立てたので、けっこうキツかったです。

 

机の足いっぽんが、道路工事用ハンマーみたいな重さしてます。

 

でもその分、安定感あって快適です。お薦め。