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そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

正しい評価と期待。

 
公平に客観的な評価をくだすことは難しい。
 
仮にテストで100点取ったとしても、そもそも、そのテストも人が作ったもの。人が完全ではない以上、テストの出題を間違っている可能性はある。というか、大いにある。
 
もっと言えば、人は「信頼するに足るテスト」を無意識に行い、それをクリアした人だけを信頼している。
これは無意識だから、本人の意思では割とどうしようもない。
でも、テストである以上はやはり、出題を間違えている可能性がある。
 
心から信頼する人が、そもそも信頼に足る人ではなかった、という可能性。
人をむやみやたらと疑うのはよくない。
けれど、自分のテストを完全に信頼することは難しい。
 
面白いもんだ。
 
■だから「期待すること」はかなり危険。
 
「君ならできる」という一言も評価が誤っていれば過剰な期待ということになる。
 
過剰な期待はプレッシャーになるし、プレッシャーからのストレスに耐えられなければ逃げ出すものもいるだろう。
マジメな人であれば、逃げることを恥と思い、死を選ぶこともあるだろう。
 
他人に期待など寄せるものではない。
受け手にとって、それが呪いになることもあるんだ。
 
■人付き合いのうまい人も、そういうことには疎いのかもしれない。
 
カウンセリングやうつ病という事柄を知っていて、誰でもかかりうる病気なのだと知っていたとしても、その原因については疎い。
 
「風呂あがりに素っ裸でいれば風邪をひく」ぐらいに簡単でわかりきっていても、一度も風邪を引いたことがなければそれすら分からない。
 
難しいもんだ。