読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

月曜朝です。

 
早く目が覚めてしまったので、出勤までにツラツラと。
 
一般的には「月曜日の朝は憂鬱だ」などと言われます。
 
仕事や学業などの義務や責任と向き合わねばならないのですから、嫌な気分になって当たり前です。
なお、これは職場の人と仲が良い、楽な仕事で給料が良い、という話とは別の軸です。
 
誰だって月曜が憂鬱に感じることはあるんです。
 
■ただ、ほんの少し救われることもある。
 
「自分が責任を果たすことを、誰かが期待してくれているんだ」
 
そんな風に思うこともあるはずです。
これもまた、誰にだってあることです。
 
同じストレスを与えられても、違う捉え方をすることがある。
不思議なものですねえ。
 
■期待されたい願望。
 
自分の話です。
 
最近、気づいたのですが、どうやら、自分は「今の自分」がとても嫌いなようです。
なので「そのままの君でいい」などの現在を肯定されることに、強い嫌悪を感じます。
 
変化しつづける自分、目標に向かって行動をする自分。
そういう自分しか「この世にいてはいけないのだ」と。
そんな風に信じているようですよ、この人は。
 
だから、常に自己評価が低く、他人からの評価も『低くて当然』と尋ねる前から決めつけてしまうんですね。
 
例えば「東大に入るまでは」や「一部上場するまでは」や「子どもを成人させるまでは」といった期限付き、目標付きであれば、単に『理想が高いから、現状に低い評価をする』という見方もできます。
 
じゃあ、自分の設定した目標は?
よく覚えてないんですよねえ。
 
おそらく、何か過去に「こうなりたい」と思うようなことがあったからこそ、「そうならない自分はダメだ」と思い込んでるはずなのですよ。
 
でも、ちょっと思い出せません。困ったことになったなあ。
 
■とりいそぎ。
 
これまた、最近気づきましたが。
自分に、低くない評価をしてくださる人がいたんですよ。
 
ホントかよー、と疑う気持ちはありますが、本人がそう言うのだから、そうなんでしょう、と思うようにしています。
 
根本の「目標がなんだったのか問題」は、解決に時間がかかりそうなので。
 
対処療法として、他人から低い評価を受けたかな、と思った時には、あとからでもいいので「あの時のアレは、こういう解釈でよかったですか?」と尋ねることにしています。
 
 
憂鬱なハズの月曜日に救われることもあるんですからね。
 
太陽に向かって「イジワルしてるんですか?」と尋ねても答えは返ってきませんけど、
言葉が通じる人であるなら、尋ねてみた方がいいのでは。
 
そんな風に最近は思います。


。。。と書いていたら遅刻しそうです。