「助ける」ということ。
もうあんまり長くは岡山にいないんだろうなあという話。 | 「アイデアのスープ」
『岡山』をブランドとして発信すべく頑張ってきたけど、うまくいかなかった、という話。
ちなみに自分も別の田舎で観光商売やってたけど、あまりうまくやれなかった経営者の一人であるので、この件について語るとブーメランがざっくり刺さる。
ので、語らず、自分の経験と見たものを書く。
■田舎というものは。
まず、変化を嫌う。
川のように流れていく都会では、変化を嫌う人は少数派だ。
ビルが立ち、繁華街が栄え、駅や道が出来て、人が集まる。そして別の場所にビルが立ち、繁華街が栄え、人の流れが大きく変わっていく。その繰り返しが都会にはある。
けれど、田舎にはない。
新しい駅が出来ることなんて無いし、道だって幹線道路が変わるのは、数十年単位。
流れのない水は、その場に溜まり、池となり沼となる。
その水を汚い、と嫌う人もいるけれど、沼には沼の生態系がある。
無理に水を流そうとすれば、生態系に住むものたちから攻撃を受けることになる。
■うちの父親いわく。
『田舎で商売を始めるには3年かかる。店を開いても最初の3年はまともな収入なんかない』
流れがない、というのは、そういうことなのだと思う。
しかし、この流れの無さを地元民が自覚しているか、というと、かなり疑問が残る。
というのも、うちの母親も姉も義理の姉も揃って「お店がオープンしたら、とりあえず一回は行くから、この辺の人は新しいものが好きだ」と思ってる。
それは単に物見高いだけで、受け入れるのとは全く別のものなのだけれど、おそらく気づいていないし、それでも生きていくのに支障はないのだ。
■助けられるものなら、助けたいと思った。
20代の頃、何回、何十回と「ああしてみよう、こうしてみよう」という提案はしたし、提案の内容を分かりやすく自腹で材料買ってきて、慣れない日曜大工をしたりもした。
PCもITも関係なかったけれど、待ってても事態は好転しないんだから、何か思いついたならやろう、と拙いながらも自分なりにやった。
田舎は人間関係が狭い。
仕事の邪魔にならないように、恋愛とは縁を切った。
ホームセンターには、数えきれないぐらい通った。
素人ながらにIllustratorで書いた図面もたくさんある。
色んな本を読んで、色んな店を見に行って。
役に立つかも、と思って中小企業診断士の勉強も1年間で千時間ほどした。試験には落ちた。
その結果どうなったか。
■困ったことがあったら、あの人に言ってみよう。
という役どころになった。
「彼は賢いし、勉強家だし、努力家だし、困ってる人を見過ごせない人だ」
「難しいことは彼に覚えてもらって、それから分かりやすく教えてもらえばいい」
実際、そう言われた。だから、逃げた。
友人からはずっと前から「逃げろ」とアドバイスをもらっていた。
「続けても、いいことなんてない」と。
自分はそんなはずはない、とつっぱねてきた。
でも、結局、そのとおりだった。
ただ、自分が彼らに絶望するのは、筋が違うと思った。
■彼らは彼らなりの最適解を選んだだけだ。
CDを買わず、youtubeで音楽をDownloadするように。
買う気もないのに、試食を食べるように。
本屋で写メを取るように。
ドーナツ屋で紙ナプキンを多めに取って捨てるように。
毛ほどの罪悪感もなく、ごく自然に誰もがやる、ほんの些細なことをやっただけ。
恨むほどのことじゃない。恨むほどの価値もない。
■だから、今の自分は。
基本的に誰も助けない。
呼んでもない人が「助けて」とやってきても放置する。
代価を要求しても支払えないだろうし、代価が支払われないことに対してガッカリするのは筋違いだからだ。
だから、自分がやりたいことだけやる。
言いたければ言うし、やりたければやる。
無視すると、夢見が悪そうな時だけ、自分から声をかける。
自分は余計なおせっかいをしただけだ、と思えるように。
今のところは、それでうまくいってる。