そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

好きだったもの、ありがとうと言いたかったもの。

自分が漫画にハマったのは一冊の漫画だった。
それはオカマバーで生活費を稼ぐ貧乏高校生が、ある日、不死身の妖怪になってしまって、強制的に日常から切り離される、という物語だった。
すごく好きで、親が仕事用に使っていたコピー機や、小学校にあったコピー機をこっそり使って、表紙をコピーして、クリアケースにいれて、下敷き代わりに使っていた。
今なら、同人グッズとかであるんだろうけど、当時はそういうものがあるという事すら知らなかった。
白黒の主人公とヒロインは1枚105円のクリアケースの中で笑っていた。かっこよいな、と思った。
ちなみに親にはすぐにバレて「仕事用の道具を勝手に使うな!」とこっぴどく叱られた。


その漫画は、かなり長いこと続いた。
小学生で出会った漫画だったというのに、自分が専門学校に通うようになってもまだ連載していた。
話はなにやら難しい事になっていたけれど、それでも面白かった。
卒業後、働くようになって自由になるお金が増えると、買っていなかった単行本も全て集めなおした。


けれど、今はもうその漫画は手元にない。買う気ももう無い。
本棚にしまったまま、1年以上読んでいない事に気づいたので、自分で売ってしまったのだ。


ひとつの作品をずっと好きでいる事、というのは自分でも素晴らしい事だと思う。
同じく一人の作家をずっと好きでいる事も素晴らしい事だと思う。
けれど「その作品を好きでいる自分」である為に好きでいる、となってしまったら、なんか違うと思う。


自分は漫画を描かないので、漫画を描く人がどういう気持ちで漫画を描いているのか、本当の所はよく分からない。
でも、多分、読み手に楽しい気持ち、ありていに言えば幸せになってほしいんだろう、と思う。


漫画に本格的にハマり「ああ、もう戻れそうにもないな」と気付いてから10年近くなる。
その間に分かったことは、読み手として、作者に何か出来る事があるとすれば、それは忘れない事でも、その作品や作者にしがみつく事でもなくて、ただ、自分が幸せになる、という一点だけなんじゃないだろうか。


だから、自分はその作品を売った。
もう自分には必要がなく、その作品を売れば、また新しい作品を本棚に入れる事が出来ると分かっていたから売った。


売る前日に少し読み直したけれど、何度も何度も読み直した事のある自分は、物語を全て覚えていて、ひとつも面白くなかった。
でも、ページをめくった。


売ってからもう5,6年経つ。
その間にもたくさんの漫画を売ったし、たくさんの漫画を買った。
今も漫画に囲まれて暮らしているけれど、10年前に買った作品で今も本棚に残っている作品はかなり少ない。


雑談で「働く高校生」や「中国旅行」や「オカマ」といった言葉が出てくると、時折、ふと、不死身になってしまった高校生を思い出します。


その度に、思い出し笑いをしつつ、ちゃんと幸せを求めねばな、と気を引き締めなおします。