そらを自由に飛びたいな

おっさんのぼやきです。

無縁死。


昔で言う無縁仏。
連絡のつく家族が誰もいない、という場合や、遺族が故人を引き取ろうとしなければ、無縁仏となる。
親の老後や死後をどう面倒見ていくのか、きちんと考えてる人ってどのぐらいいるんだろう。


自分はあまり家庭的な家に育たなかったので、今でも実家の近くで一人暮らしをしている。
家族というより仕事仲間という意識の方が強い。
でも、たまに母親の作る煮物などを食べて「この味も俺が40歳になれば食えなくなってるのかもしれないな」と思う。
父親のトンチンカンな怒鳴り声も「あと10年もすれば怒鳴ることすらできなくなるだろう」と思ってる。


田舎を捨て、都会で暮らす人達は、そういう事を本当に意識してるのだろうか、とふと思う。
都会で結婚して、都会で暮らして、田舎の両親に介護が必要になったとして、一体誰がその介護をするのだろう。
都会暮らしに慣れきった自分や奥さんがするのだろうか。
それとも子供の学費にする予定だった貯金を切り崩して介護施設に入れるのだろうか。


先輩から教わったことは後輩に伝える。
それなら、親にした事もまた子に伝わるんじゃないだろうか。
親の面倒を見ることは、自分の面倒を見ることにもつながる。
そう思う。