自分が仕事で割と気をつけてる点として「期待値をあげすぎない」ってのがある。
なので、話を聞くだけの会議は積極的に「仕事たてこんでるので。後で資料だけ共有してください」と不参加を伝えるし、夜や土日は連絡に滅多に応えない。
メッセージが飛んできても、チラ見して緊急じゃなければ、スルーする。
打ち合わせも「とりあえず枠だけ押さえさせてください」みたいなのはお断りする。(枠だけ先に押さえると往々にして、資料不十分なまま当日を迎えて、ぼんやりした内容になる)
こうすることで「都合の良い人間ではないです」と周りに伝えて、期待値をコントロールしてる。じゃあ、これで仕事が減るかといえば、別にそうでもない。
これはこれで「とりあえず、かまやんさんの都合を聞いてみるか」となるだけである。
もちろん、無意味につっけんどんにすると嫌われるだろうけど、何故こうしているか、という話をすれば、大体理解してもらえる。
あと、当然だけど、いただいたお仕事には割と前向きに取り組むようにしてる。
■んで、政治不信の話をすると。
この期待値のコントロールがめちゃくちゃ下手だな、と感じる。
マスメディアが期待を変に煽ったり、下げたりするのを差し引いても下手だな、と感じる。
NHKは比較的、好意的に解釈してるように見えるけど、それでも「大本営発表」的な内容しかニュースに流れてこない。
医療関係者が忙しいのはもちろん知ってるけれど、役所だってめちゃくちゃ忙しいのだ。役所の仕事は「できて当たり前」のインフラ的な面が強いので、それをコロナ対応しながら片付けるのは、かなり大変だ。
でも、あまりそういう話は聞こえてこない。
怠けていることと、能力が不足していることは、全く違うことなんだけども。
「能力が不足しています」と言わないと、周りの人は「怠けているんだろう」と思うのよね。
だって『頑張ってるのにどうにもならない』っていうのは、多くの人にとって都合が悪いからね。都合が悪いことからは目を背けたいのも人情で。
言っちゃいけないのかもしんないけどさ。
別に政府つったって、パパママじゃないし、神様でもスーパーマンでもないんだからさ。
「こういうことに取り組んでるけど、能力不足でどうにもなっていません。皆さんにご協力いただいてもどうにもならない可能性があります。しかし、少しでもマシにするため皆さんにご協力をお願いします」
みたいな話をもっとした方がいいと思うんですよね。